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秘密のケンミンSHOW・群馬・砂糖醤油をかけるのは、じり焼きだった。

 
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前橋在住のRikoです。息子が仙台在住となり、群馬・前橋を見直すきっかけとなりました。Rikoなりのファインダーを通して主に前橋東部の情報や地元のウォーキングコースを紹介しています。また、疑問に思ったことをリサーチしたり、旅のレポートもしています。よろしくお願いします。

こんにちは! Rikoです。

先日、秘密のケンミンSHOW2時間SPで、群馬のケンミン伝説が放送されました。

以前、放送されたご当地調味料の紹介で、中山秀征さんが群馬県民の味の決め手といえば砂糖と醤油ですと発言していました。

その疑惑を検証するという放送でした。

今回は、もう一つの疑惑ホットケーキも砂糖醤油で食べるのか?とRiko家のじり焼き昔話を書いてみたいと思います。

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秘密のケンミンSHOW!群馬・もう一つの疑惑ホットケーキも砂糖醤油で食べるのか?

県内を聞き込みにまわります。

桐生市のだるま市の上州ファミリーに聞くとそれは無し!

高崎駅で、女子高生に聞くとあっさり否定!

ありえないと次々に否定されます。

 

あきらめかけていましたが、手がかりが。

それは、ホットケーキではなくてじり焼きですよ。

年齢的に60歳から70歳代の方ですね。

小さいときに食べたと証言!

 

藤岡市の食生活改善推進員に話を聞くと。

昭和50年から60年位に食べられていた。

昔のレシピでじり焼きを作ってくれました。

卵と小麦粉をよく混ぜてフライパンで焼きます。

ピザのように切って食べます。そこに、砂糖醤油をかけます。

 

砂糖醤油をかけたのは、じり焼きでした。

じり焼とホットケーキが、同じものだと思っていたヒデちゃんでした。

じり焼は砂糖をかけないと甘くないので、砂糖醤油とか砂糖をつけていました。

私がじり焼きを食べていた頃は、ホットケーキという言葉自体がなかったですね。

もう一つの疑惑!群馬ケンミンは。

砂糖醤油で二日目のコロッケを食べるのか?検証の紹介記事はこちらです!

 

私の祖母のじり焼きは?

その頃は、かき混ぜる泡だて器はありませんし、フライ返しもないです、菜箸で作りますね。

藤岡の食生活改善員さんが作ったものは本当に上品です。

祖母のじり焼きは、もっと厚くて、周りもごつごつした感じでした。

それを確かにピザみたいに切り分けてましたね。

うちでは、砂糖をまぶしたか? 砂糖をつけて食べていたと思います。

農家なので手間を省いていたのでしょう。

学校が休みの時は、お茶道具じり焼きを持って田んぼに届けに行くのが私の仕事でした。

稲刈りの時期は、柿もおやつです。

 

Riko家では、農家のおやつの節約メニューでもあった。

Rikoの生まれは、桐生市山間部の三世代が一緒に住む農家です。

じり焼きは、祖母が作っていました。

昭和45年(1970)頃まで、食べた記憶があります。

主に、「こじょはん」(おやつ)といって農家で10時休みとか3時休みに食べる物のひとつでもありました。

田植えや稲刈りの時期は、忙しいですから、近隣の方に仕事に来てもらうわけですね。

その時に、じり焼きを出していました。

他の農家ではもっといい「こじょはん」が出るところもあったと思います。

たとえば、もち菓子(和菓子)を出したりする農家もあったと思います。そのころは、和菓子は高価です。

見栄を張って和菓子をだしたりすると、農家が潰れてしまうわけです。日当もですね。

実際に、曾祖父の時代に田畑を半分失い、祖父が買い戻しました。また、親戚の農家も潰れてしまったんですね。

なので、Riko家では、見栄を張らずに手作りの物で対応していました。

 

それぞれの農家は、人手がないと困るので、ある程度いいおやつを用意します。

農家同士の競争みたいなところもあったかと思います。

幸いRiko家は、長い付き合いで、毎年仕事に来てくれる方が、決まっていたので祖母は助かると言っていましたね。

 

農家の「こじょはん」は、じり焼きから菓子パンへ

その後は、米つくりも機械化が進んで、田植え機や稲刈機が出てきました。

両親で田植えも稲刈りもできるようになりました。本当に忙しいときに数人仕事に来てもらう程度です。

祖父母は、家事のみで、時々入院。

1980年には、祖父母が亡くなり。子供は、農業をせずに勤め人になりました。

じり焼きを食べたのは、昭和45年(1970年)位まで。その後は?

 

おやつは、菓子パンになりました。

よく覚えているのは、第一パンです。

山間部でも、近くのお店で手軽に買えるようになりました。

父があんこ系が好きなので、あんパンとか白あんばかり買ってきました。

やがて、トラクターやコンバインが導入されましたが、費用がかかります。米だけではやっていけなくなりました。

冬は、干し大根を始めました。また、人手が必要です。昔からの方は高齢化してしまいました。

そうしたら、町の50代の女の人が3人農作業がしてみたいと仕事をしてくれました。規格外の大根は持ち帰り放題です。

おせんべいやらお茶菓子がこじょはんになりましたとさ。

 

武田鉄矢さんが群馬に助け舟を出してくれました。

番組では、ほとんど、群馬は落とされて終わっていますが、今回は、武田鉄矢さんが褒めてくれたようです。

「群馬県がこれだけ砂糖を使うということは、相当裕福な県だった。」

「製糸業で各家庭が裕福だった。」

「群馬県の富岡製糸所は明治5年に電気が灯っていた。」と。

久本さんから「砂糖醤油の話ですから!」とツッコミが入りました。

 

まとめ

群馬県民が、砂糖醤油をかけたのは、ホットケーキではなくじり焼きでした。

じり焼き自体は、砂糖をつけなければ、それほどおいしいものではありません。

でも、飽きが来なくて、味が変えられる点でとてもいいです。

田んぼのあぜ道で皆で、食べたじり焼きは、懐かしい思い出です。

時代の流れとともに、あまり作られなくなり、手軽に買える菓子パンが我が家では、おやつになりました。

最近では、ふきのとうや野菜を入れたり、粉状の黒砂糖を広げて焼いたりされているようです。

自分なりの具材や味付けで楽しんでみるのもいいですね。

新型コロナが広がりませんように!

最後までお読みくださりありがとうございます。

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