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台湾と群馬の絆を結ぶ?羽鳥又男と羽鳥重郎!④

2023/12/08
 
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前橋在住のRikoです。息子が仙台在住となり、群馬・前橋を見直すきっかけとなりました。Rikoなりのファインダーを通して主に前橋東部の情報や地元のウォーキングコースを紹介しています。また、疑問に思ったことをリサーチしたり、旅のレポートもしています。よろしくお願いします。

こんにちは!Rikoです。

今回は、羽鳥又男さんが尊敬し、台湾へ渡るきっかけとなった医学博士の「羽鳥重郎」さんをご紹介します。

台湾の風土病の研究に生涯を捧げた方です。

晩年は、台湾・花連港に羽鳥医院を開業しました。現在、その元羽鳥医院は、日本家屋を残す素敵なカフェとなっています。

 

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台湾と群馬の絆を結ぶ?羽鳥又男と羽鳥重郎!

羽鳥重郎 医学博士

1871(明治4)-1957(昭和32)87歳

1871年(明治4年)富士見町石井に生まれました 。

石井学校を卒業後、県立群馬県中学校に入学。

しかし、4年後に廃校となってしまいます。

 

医師だった重郎さんの兄が過労のため亡くなってしまいます。

 

これをきっかけに、重郎さんは、猛勉強をしました。

努力の甲斐があり、試験に合格、医者になりました。

 

東京帝国大学内科選科生となり、伝染病の研究に取り組みました。

 

羽鳥重郎さん 赤痢菌を発見!

1897年(明治30年)重郎さんは、赤痢菌を発見し発表します。

しかし、1か月早く志賀潔(仙台市出身の医学者・細菌学者)が、発表をしていました。

日本で最初の名誉を逃してしまいます。

 

1899年(明治32年)失意の中、台湾に渡り、台北市にあった衛生試験室に勤務することになります。この時29歳でした。

 

羽鳥重郎 台湾で大きな功績を残す!

マラリアの調査をして、蚊の採集を行い原虫保有者の根絶に成功しました。

(花蓮港に事務所を開設)

当時は、台湾の東側(花蓮市)は、まだまだ未開の地のようなところです。

 

◆熱帯特有の原因不明の病気を見つけました。

台湾ツツガムシ病と命名して、イギリスの医学界に論文を発表しました

世界の学会で認められて、医学博士になっています。

 

1923年(大正12)熱帯病研究者として、選ばれて中南米へ派遣されました。

途中、アメリカで、野口英世と意見交換をしています。(53歳)

 

1931年(昭和6)には、台湾の花連港に「羽鳥医院」を開業しました。

その時、重郎は、還暦を迎えていました。

 

1939年、羽鳥医院は、隣家からの出火で、全焼してしまいます。

重郎博士は、70歳近くになっていました。

高齢の為、再開を断念し、花連港を去ることになります。

 

数年は、別の場所で羽鳥医院をされていたようです。

 

1943年(昭和18)台湾熱帯医学研究所勤務

やり残した仕事を終え、終戦から1年後に日本に帰ってきました。

1946年(昭和21)77歳で帰国。

 

1957年(昭和32)開業医の長男のもとで過ごし、87歳で亡くなりました。

 

羽鳥重郎「医学博士」の功績は?

原因不明の病気の病原を見つけ、台湾の人たちが安心して生活できるようになった。

台湾の熱帯病との戦いに全エネルギーを注ぎました。

台湾風土病の研究に生涯を捧げました。

 

羽鳥マンガ読本「羽鳥重郎」5分37秒 富士見商工会青年部

↓羽鳥重郎さんについて詳しくは、こちらのYouTubeを見てみましょう。

 

台湾・花蓮市の元羽鳥医院!「秋朝珈琲館」古民家カフェ

台湾・花連駅から車で10分「秋朝珈琲館」です。

下記の台北ナビの案内には、羽鳥重郎氏の功績、オーナーさんが日本家屋をリノベーションしたきっかけ、当時の写真、カフェの様子が、とてもよく案内されています。写真も豊富です。

↓旅行に行ったつもりで、是非ご覧になってください。

 

 

台北ナビ「秋朝珈琲店」とてもよく説明されています。

 

元々の羽鳥医院は、火事になってしまったんですね。

一時的に近くで医院をしていたようです。

そこが、「秋朝珈琲館」となっています。

 

オーナーさんは、元羽鳥医院とは知らずに、建物に魅せられて、リノベーションしてカフェにしました。

あとで、高齢の方から、ここは羽鳥医院だったと聞いたそうです。

90歳代の方は、小さい頃、火事見舞いに来たことがあるそうです。

花連の方々から愛されていたようですね。

内部は、もちろん、お庭や外観もキレイです。

 

とても素敵なカフェですので、こちらのYouTubeもご覧ください。

 

古き良き日本が台湾にあるといいますが、本当なんですね。

 

「秋朝珈琲館」に羽鳥重郎博士の胸像!

台湾語?のニュースで、意味はわからないのですが。

2017年、「秋朝珈琲館」に、許文龍氏より、羽鳥重郎博士の胸像が贈呈された時の様子が、ニュースになったようです。

羽鳥重郎さんのお孫さんがインタビューされています。

また、前橋市富士見町公民館に羽鳥重郎博士の胸像が贈呈されました。

前橋市の山本龍市長が、お礼に許文龍氏を訪問しています。(2017年)

 

まとめ

羽鳥重郎博士は、日台時代のほぼ最初から、終戦までの50年間を台湾で過ごされました。

「羽鳥又男・羽鳥重郎」二人の羽鳥さんをもっと詳しく知るためには、羽鳥マンガ読本やブックレットがあるようですので、富士見公民館や前橋図書館で聞いてみましょう。

2021年5月18日、台北でコロナ感染者が急増というニュースが流れました。

あと、ひと踏ん張りです。お互い頑張りましょう。

最後まで、お読みいただきありがとうございます。

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